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ウェスタリスレコード

"What you don't do can be a destructive force." - Eleanor Roosevelt

哀咽

一体いつまで過去に生きようとするのか。過去はなかったんだ。あったかもしれない。が、胸を締め付ける、美しくないものは何一つとして、存在することはできない。

この感情をなんというのか。

このきもちをいつまで掴んで離さないのか。空虚を。焦燥を。

わたしは、わたしが選びとったものしか生きられない。選択肢は無限にあっても、下にあるものしか取ることができていないのか。これがわたしにとっての正解であり、幸福であり、完璧なのか。

いつもいつも、最後の幸せだけを夢見て惨めな思いを抱きしめた。惨めであればある程、しあわせになれるような気がして。しかしね、これは苦しみのレールだ。理由は、いまのその惨めが終わらないことにある。

しあわせなのは生きてるからか?

しあわせなのは終わりがあるからか?

しあわせは、望むものでも夢見るものでもない。わたし本体がしあわせであるように創られているのだ。

わたしは間違ってきたのかもしれない。が、それは無駄ではなかった。意味がある、と信じることではなく。孤独を、悲しみを、悲惨を、わたしはこのからだで感じなければならなかったように思える。意味などはなく、ただ、体験しなければならなかった、とわたしが決めてきたし、いまもまだ決めている。

わたしはこの悲しみと、ずっと一緒にいた。良い悪いではなく、それを常に望み、手にしてきた。

”なぜ、どうして、いつも、こうなんだ・・・”

悲劇の美しさが、痛みが、わたしを魅了する。

わたしのしあわせとは、今まで思っていた幸せとは大きく違っていたのかもしれない。

 

今までの、今の一つ一つがしあわせであり、この先もしあわせでしかないというのは真実らしくみえる。狭い世間の価値観で歪んでしまったしあわせを、わたしの手の中に取り戻す一瞬一瞬である。すべては、わたしの中で完結する美しい宇宙だ。

因循

ある人が思い浮かんで、その人に言いたいことが沸き上がってきた。誰しも色んな過去があって、生きるために社会生活してるんだよね。

あと片思いの気持ち。

楽しいばかりでない寂しめの気持ちが押しよせた。何人か好きになっても全部が一人芝居。勇気なければ、深い愛情もない。努力も。

楽しいうちを楽しみ、楽しかった時にありがとうを。楽しかった時を考えて苦しむならば、その恋は終わり、朽ちてしまった(腐った、と言いたい)。

幸せになりますように。皆が幸せでありますように。私の好きな人たち、愛してるし愛してた。楽しい時間、たくさんありがとうでした。幸せな時間、たくさんありがとうでした。感じることのできた全ての感情もありがとうでした。ほんとうに。

ある人に会えなくなって、またある人に高確率で会える日も逃した。私は幸せを選ぶから、そうなったことの先に私の大切な世界があることは確かなのだけど。すこし後悔している。

過去の大切な出会いたちも、私がもっとウケのよいことを知っていて、そうできていたら…となぜか後悔。今まで言い訳とかしてたから、こんなに後悔するなんて思ってもみなかった。

あの時の私であの時は正解だったんだ。だけど今まで、自分の理想に縛られて押さえつけてた。好きだって。好きだったって。

もうどうせ会えなくなるなら、図々しくても迷惑になっても、言ってしまえばよかった。チャンスはあったし、掴んでいたのに、急に放り投げてしまったみたい。

やさしいひと。好きになって、二人の時間が居心地よかったんだ。当時自分の中にあった決まりのせいで、漸く手繰り寄せた細い糸を引きちぎったんだなあ。生身の人間であんなに安心する人はいなかった。好きだから緊張はするけど、会話が自然であたたかい雰囲気の人だったな。

別れるのは、嫌いになるほど相手を知ってからでないと、苦しいものです。

彼に甘えられる女の子っていいな、彼の彼女になれるっていいな、と思ってたみたい。なら、なりたいって言えばいいのに。意思表示してみたらよかったのに。昔の私は、そんなこと気がつかないようにしてたんだけど。